道南探訪#4

中世の歴史息づく町・上ノ国

Date: 2025/6/7

道の駅 上ノ国もんじゅ

福島町から松前町を経て上ノ国町へとやってきました。海沿いに走る国道228号線の松前から上ノ国の区間は初めての走行でしたが、道南らしい道でとても快適でした。

今回訪れる上ノ国町には、江差町から道の駅まで立ち寄り、その後、木古内方面へと帰る途中で通過・下車したことはあるものの、観光したことはないのですが、まずは道の駅を観光します。

ということで、道の駅の裏手に向かいます。海側から見る道の駅は写真のような感じです。海方面への見晴らしにずいぶん気を使って作られていることがわかります。

どうして、裏手に行くのか、というと、単に海を見れるからではありません。この道の駅の裏手、海岸沿いには「神の道」と呼ばれる道があるので、そこを目指して向かいます。

神の道へは道の駅の奥にある階段を下っていきます。「神の道」とは、岬にある鳥居に向かい、海の中から階段が続いているように見える道のことです。写真から伝わりますでしょうか。

こちらが、まさにその「神の道」です。ある夜更け、この道から不思議な灯が上がり、灯は近くの夷王山、八幡野を超えて、太平山へと消えていったそうです。これは「竜灯」と言われ、海の神である竜神様が太平山に住む山の女神様へ会いにいったという伝説が残っています。

また、神の道の階段に続く海の中には「大人の穴」と呼ばれる穴があり、太平山のくぼみにあった洞穴に通じていたともいわれています。そして、一人のアイヌがその伝承を試そうとしたところ、大蛇に会い、気を失ったともいわれています。

さて、道の駅に戻りまして、売店で「いちごジュース」を購入しました。いちごソフトクリームも販売されていますが、前回来た時にそれはいただいたので、今回はジュースにしてみました。

勝山館跡

続いて、夷王山にある勝山館跡を目指し、車で山を登ります。

ここで少し上ノ国の歴史を説明します。

上ノ国は北海道内において最も早い時期に和人が定住した地とされています。和人による本格的な蝦夷地支配がはじまったのは15世紀よりも2・3世紀前から和人が来ていたようです。

さて、15世紀から和人は渡島半島各地に「館」と呼ばれる砦を築き、蝦夷地支配を強化してきました。この時、都に近い、上ノ国・江差を「上之国」、函館周辺を「下之国」としたそうです。

15世紀中盤にはいわゆるコシャマインの乱があり、和人の館は次々に陥落していきましたが、最終的に和人・武田信広が討ち取り、平定することになります。その武田信広は、蠣崎氏(のちの松前氏)を継ぎ、この地に勝山館などの館を築き、上ノ国は一時期蝦夷地支配の拠点となりました。

それでは、勝山館跡ガイダンス施設に車をおいて、まずは夷王山に登ります。のぼるといってもすぐ着くのですが、やや鬱蒼とした道を抜けていくので、ややヒグマのこわさがあり、少し急ぎ目で向かいます。

そして、のぼった先にあるのがこの鳥居です。奥に見える日本海と合わせてみると、素晴らしい眺めです。

山を下り、勝山館跡ガイダンス施設で勝山館・上ノ国の歴史を学び、勝山館跡へと向かいます。ガイダンス施設から館跡まではやや見通しの悪い道を歩くので、こちらもヒグマの怖さはありますが、すぐ着くので、折角なので行ってきました。

この勝山館跡は、1473年(文明5年)の創建といわれており、16世紀末頃までにかけて、蝦夷地における政治・軍事・交易の一大拠点として栄えたというだけあり、かなり敷地が広いです。

あるいて、下ることもできますが、車をガイダンス施設にとめているので、途中で引き返して、車に乗って、山を下り、「上ノ国八幡宮」へと向かいました。

八幡宮の隣には「旧笹浪家住宅」という重要文化財があります。笹浪家とは、能登の珠洲から移り住み、この上ノ国で、代々鰊漁を営んでいた家柄です。保存されている建物は19世紀前期に建設されたもので、北海道に現存する民家建築としては最も古く、各地に残る鰊番屋の原型ともいわれています。

なお、重要文化財の指定は、主家のほか、こちらの土蔵もされています。

上ノ国町観光の最後は日帰り温泉です。朝風呂で吉岡温泉にも入りましたが、上ノ国町国民温泉保養センター(湯ノ岱温泉)に入浴します。館内は広めで、歴史を感じる建物・浴室で、北海道らしい温泉の雰囲気が残るとてもいい湯でした。

ちなみに、上ノ国町にはこの他に花沢温泉というのもあり、こちらはとても現代的で綺麗な温泉となっています。また、花沢温泉は市街地からも近いので、アクセスの便もよいかと思われます。

身体が温まった後は、本日の最終目的地である江差町へと向かいます。上ノ国町と江差町は隣接していて、かつ、市街地間の距離も数キロ程度なので、本日の移動は残りわずかです。

(つづく)